鹿角市にまつわる伝説の主人公「八郎太郎」の生誕地と言われる場所からなくなっていた説明板が戻りました。地域を盛り上げたいという願いが込められています。
鹿角市草木保田(ぼった)には、八郎の生誕地と言われる場所があります。
八郎が生まれた時の産湯として使われ、また体の大きな青年に育つまで朝、夕に飲んでいたとされる水源がいまも残っています。
この土地を代々守っている家が50年ほど前に説明板を掲示しましたが、老朽化により、10年ほど前に撤去されていました。
地元の郷土史の発掘、継承に取り組む大湯郷土研究会がそれを知り、現地での紹介が欠かせないと考え、賛同者の協賛も得て、先月復元しました。
横2メートル、縦1メートルの説明板には、八郎の伝説が紹介されていますが、50年前に当時の当主が調べた内容が詳しく、八郎の祖先や親の話、八郎がたどった足どりなども記されています。
なかには、米代川をせき止めて鹿角を湖にしようとする前に、岩手県の北上川でも同じことを考えていたことや、大湯の山中に、八郎がかやき鍋を食べた「三ツ石」と呼ばれる場所があるといった、多くの人には知られていない出来事も書かれています。
研究会は資料の発掘、ガイドツアーなどの活動とともに、各地に看板や標柱を設置していて、三上豊副会長(79)は、「鹿角は人を呼べる場所なのに看板がないケースが多い。現地に紹介があると訪ねてくる人が増えて、地域の盛り上げにもつながる」と話しています。
そして、「鹿角は誇れる伝説が多くあるが、なかでも八郎太郎の伝説はスケールが壮大なので、ゆかりの地を巡るのは面白い。ぜひ楽しんでほしい」と誘っています。

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