石碑を巡るガイドツアーが鹿角市の十和田地区で行われ、参加者たちが地元の歴史や建立した人たちの思いにふれました。
これは郷土史の発掘や継承に取り組む大湯郷土研究会が12日に開いた公開型学習会で、市内、市外からおよそ20人が参加しました。
巡った12の石碑は、地元の歴史や文化の発展、偉人の功績を伝えるものや、信仰の対象など様々です。
大湯町長を務めた諏訪富多が、鉱山の煙害に苦しむ人たちの救済で大湯大清水を開拓した功績をたたえる碑や、織田信長から逃れた戦国大名の子、北畠昌教(まさのり)が大湯折戸に移り住んだという伝承を表す墓碑、それに、旅の安全を祈って拝んだ石が、イタコの顔に似ているから名付けられたとされる「イタコ石」と呼ばれるものもあります。
大湯の大円寺の参道にある浅井小魚(しょうぎょ)の句碑には、鍛冶屋を営むいっぽう、5万作を詠み、中央俳壇から「秋田大湯に小魚あり」とたたえられた小魚の代表句の一つ「秋たつや、大樹の梢、おのづから」が刻まれています。
没後の昭和37年に研究会が、浅井が眠る菩提寺に建立したもので、今や世界的な遺跡となった大湯環状列石の発掘の始まりに浅井が携わっていた際に見た光景を詠んだ句から、郷土史の研究家としても地元に尽力していた姿が伝わってきます。
訪れた人たちは、建立場所が当初計画された遺跡ではなく寺になったいきさつなどをガイドから聞き、関心を示していました。
参加していた北秋田市の70代の男性は、「石碑を日ごろ意識することがないので、偉大な人や成しえたことを知って感動しています」と話していました。
研究会では、「石碑は忘れられているような存在だが、地元の歴史を教えてくれる財産だ。建立した人たちの思いにふれ、古里を見つめ直したり、地域の活性化の種として使ってほしい」としています。

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