明治時代に秘境の滝をスケッチ 米代川の上流

明治時代に秘境の滝をスケッチ 米代川の上流

 先月、米代川で異例の白い濁りが発生していた問題でクローズアップされた、岩手県八幡平市の「智恵の滝」ですが、明治時代にすでに訪れ、その美しさを絵にしたためていた人がいました。

 先月の米代川の異例の白濁は、八幡平市の兄川の上流、智恵の沢で起きたのり面の崩落で沢にたまった、地熱で白く変色していた土砂によるものでした。

 現場は、対応に当たっている林野庁が、「人が入るのは極めて困難な山林内」と言い表していますが、そのそばには隠れた名所「智恵の滝」があります。

 鹿角近辺などで登山を40年ほどしている鹿角市山岳会の前会長、阿部明広さん(68)によりますと、智恵の滝に行くには、勾配がきつい山道や、沢の脇の細いスペースを歩き、うっそうとしたやぶも超えなければいけないそうです。

 そこを車がない明治20年代に訪れ、スケッチしていた人がいます。幕末から明治期に活動した放浪画家、蓑虫山人、本名、土岐源吾(とき・げんご)です。

 蓑虫は旅をしつつ、風景画を描いたり文化の調査をしたりしていて、落差およそ30メートルの迫力がある、智恵の滝のスケッチも制作していました。

 その写しが現在、鹿角市毛馬内の博物館「先人顕彰館」で展示されていますが、滝の高さを強調して、本物よりも大きく描いているようにも見えます。

 顕彰館の大澤太(ふとし)館長(68)は、「蓑虫は写実的な面以上に、自分のいいと思ったものを感動を込めて描く画風があり、智恵の滝の絵も迫力あるものに表現されている」と説明しています。

 また智恵の滝を何度か訪れている阿部さんは、「明治の時代にあの滝まで行ったというのは、よほどの健脚をもち、冒険心に富んでいたのだろう」と感心しています。

 顕彰館の蓑虫などの企画展は来年3月7日まで開かれていて、大人220円、小中学生60円で入館できます。

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