鹿角市花輪でおよそ50年間、バーを経営してきた男性が、去年の暮れに引退しました。「若者が楽しめるまちにしたい」。確固たる思いが、常にありました。
花輪新町のバー「パレット」を経営していた田中強さん、71歳です。中学生のころから、「好きなまち、鹿角で、おしゃれな店をやりたい」と考えていました。
バーテンダーの学校、店での修行はもちろん、防衛策にしようと拳法を子どもにして学ぶなど、夢の実現のための道をしっかり見すえ、行動していました。
最初のバー「壱番館」のオープンを、23歳で果たしました。ここでも狙いは定まっていました。鹿角の夜の飲食店街に少なかった、若い女性たちの呼び込みです。
根底にあったのは、「若者が楽しめるまちにしたい」という思いです。若者が都市に流れるなかです。また「親不孝通り」と呼ばれる町の雰囲気を変える必要もありました。
店のスタイルを当時鹿角になかったショットバーにして、内装もおしゃれにこだわりました。決め手は、女性も飲みやすい、ウイスキーのジンジャーエール割り。読みは的中し、若い女性、そして男性たちも、鹿角の夜を楽しみました。
次のステップは、もっと多くの若者を町に呼び込むこと。練った作戦は、小グループがいくつも入れるスペース。それに、二次会で楽しむ場所です。35年前、平成3年に2店め「パレット」をオープンさせました。
カクテルとウイスキーをレベルアップさせ、おつまみには、お酒が飲めない人も楽しめるピザとパフェ。若者に人気の、おしゃれで、明るい、二次会の店になったのは、すぐでした。
いっぽう、社交飲食店の組合と調理師の会の役員、会長を30年、40年と務め、公的な活動をいくつも立ち上げました。飲酒運転の撲滅運動、児童図書の寄贈、コロナ禍の商品券発行の働きかけなど。「鹿角の将来のため」との思いは、アイデアと行動に次々つながりました。
引退の道筋が整い、先月30日、店を閉じました。最後の日の閉店直前。いつもの厨房で、「寂しさとか、特別な思いはないな」と笑っていました。
隣りの店内では、田中さんが育ててきた若者たちが、鹿角の夜を陽気に楽しんでいました。子ども、孫の代もいます。「選んだ路線は間違いなかったかな」と、うれしそうです。
2店めを立ち上げた時からコンビを組んできた弟子が、次の「パレット」を担います。「安心して店を譲れる」。そしてやはり、「若者が楽しいまちであってほしい」と願っています。

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