戦争中に中国から鹿角市尾去沢の鉱山に強制的に連れてこられ、過酷な労働を強いられた人たちの慰霊祭が、鉱山の跡地で行われました。
鉱山施設を引き継いだ三菱マテリアルによりますと、太平洋戦争中、尾去沢鉱山に500人近い中国人が強制連行され、80人あまりが死亡するなど過酷な労働と収容がありました。
会社が設立した基金をもとに、地元賛同者たちの実行委員会がおととし始めた慰霊祭が18日、鉱山の跡地の公園で開かれ、遺族、家族の28人が招かれました。
そして遺族、家族や、中国領事館と市からの来賓、それに実行委員会の委員などおよそ50人が、慰霊碑に献花を捧げました。
実行委員会の山本喜代宏代表(69)は、「二度と過ちを犯してはなりません。日中友好と平和を守る運動を一層強化することを誓います」と述べました。
遺族を代表し、山東省の斉振(さい・しん)さん(41)が、40代だった曾祖父が強制連行されて、大きな精神的な影響とけがを負わされ、帰国してまもなく亡くなったことを説明しました。
祖母から伝え聞いた当時の出来事について、「のどの渇きにさいなまれた曽祖父は、汚い水たまりを見つけ、それを飲もうとすると、日本人の現場監督が銃剣で曽祖父の太ももを刺し、銃床で頭と背中を滅多打ちした」と話し、参列者のなかに涙をぬぐう姿も見られました。
そして、「平和があってこそ、暮らし、働き、世界は発展できる。日中両国が戦争から遠く離れ、永遠の友好関係を築けますように」と願いを述べました。